公式の証明・導出
弱酸の電離定数から[H+]を求める式の導出
関連単元: 化学 反応速度と化学平衡
証明する内容
姉妹編の「弱酸の電離度と[H+]・pHの関係式の導出」では、電離度 $\alpha$ が小さいという近似を使って、弱酸の水素イオン濃度を $[\text{H}^+]\approx\sqrt{K_aC}$ という簡単な式で求めました。しかし、この近似が本当にどれくらい正確なのか、また近似を使わずに正確な値を求めるにはどうすればよいかは、それだけでは分かりません。
ここでは、電離定数 $K_a$ の式から、近似を一切使わずに $[\text{H}^+]$ についての二次方程式を立て、解の公式で厳密に解きます。そのうえで、前回と同じ数値例を使い、近似式の結果とどれくらい一致するかを比較します。
証明
ステップ1:電離平衡の濃度をxで表す
弱酸 $\ce{HA}$ の最初の濃度を $C$ [mol/L] とし、平衡状態で電離して生じた $\ce{H+}$ の濃度を $x$ [mol/L] とおきます(水の電離による $\ce{H+}$ は無視します)。電離反応式 $\ce{HA <=> H+ + A-}$ の係数がすべて1なので、生じる $\ce{A-}$ の濃度も同じ $x$ になり、電離せずに残る $\ce{HA}$ の濃度は、最初の濃度から電離した分を引いた $C-x$ になります。
$[\text{HA}] = C-x, \qquad [\text{H}^+] = x, \qquad [\text{A}^-] = x$
(この $x$ が、まさに求めたい $[\text{H}^+]$ の値です。)
ステップ2:電離定数の式に代入する
電離定数の定義式 $K_a=\dfrac{[\text{H}^+][\text{A}^-]}{[\text{HA}]}$ に、ステップ1の濃度を代入します。
$K_a = \frac{x\cdot x}{C-x} = \frac{x^2}{C-x}$
ステップ3:xについての二次方程式に整理する
ステップ2の式の両辺に $(C-x)$ をかけて、分母を払います。
$K_a(C-x) = x^2$
左辺を展開すると、
$K_aC - K_ax = x^2$
すべての項を右辺(または左辺)に集めて、$x$ について整理すると、
$x^2 + K_ax - K_aC = 0$
これが、近似を一切使っていない、$x=[\text{H}^+]$ についての厳密な二次方程式です。
ステップ4:解の公式で解く
一般に、二次方程式 $ax^2+bx+c=0$ の解は、解の公式 $x=\dfrac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}$ で求められます。ステップ3の方程式 $x^2+K_ax-K_aC=0$ は、$a=1$、$b=K_a$、$c=-K_aC$ にあたるので、これを解の公式に代入すると、
$x = \frac{-K_a\pm\sqrt{K_a^2-4\times1\times(-K_aC)}}{2\times1} = \frac{-K_a\pm\sqrt{K_a^2+4K_aC}}{2}$
$x=[\text{H}^+]$ は濃度なので、必ず正の値でなければなりません。$\sqrt{K_a^2+4K_aC}$ は $K_a$ より大きい値になるため($4K_aC>0$ より根号の中身が $K_a^2$ より大きい)、$-K_a$ に $\sqrt{\ }$ の項を足す方(プラスの符号)を選べば $x>0$ となり、引く方(マイナスの符号)を選ぶと $x<0$ になってしまいます。したがって、物理的に意味のある解として、プラスの符号を採用します。
$[\text{H}^+] = \frac{-K_a+\sqrt{K_a^2+4K_aC}}{2}$
これが、近似なしで求めた、$[\text{H}^+]$ の厳密な式です。
ステップ5:数値例で厳密解を計算する
姉妹編と同じ数値、酢酸($K_a=2.7\times10^{-5}$ mol/L)の $C=0.10$ mol/L 水溶液で計算します。
まず、根号の中身を計算します。
$K_a^2 = (2.7\times10^{-5})^2 = 7.29\times10^{-10}$
$4K_aC = 4\times2.7\times10^{-5}\times0.10 = 1.08\times10^{-5}$
この2つを足します。$K_a^2=7.29\times10^{-10}$ は $4K_aC=1.08\times10^{-5}$ に比べて、およそ10万分の1程度と非常に小さいため、和はほとんど $4K_aC$ の値で決まります。
$K_a^2+4K_aC \approx 1.08\times10^{-5} + 0.0000729\times10^{-5} \approx 1.0801\times10^{-5}$
この平方根を求めます。$\sqrt{1.08\times10^{-5}}=\sqrt{10.8\times10^{-6}}=\sqrt{10.8}\times10^{-3}$ であり、$\sqrt{10.8}\approx3.286$ なので、
$\sqrt{K_a^2+4K_aC} \approx 3.286\times10^{-3}$
ステップ4の式に代入します。
$[\text{H}^+] = \frac{-2.7\times10^{-5}+3.286\times10^{-3}}{2} = \frac{3.286\times10^{-3}-0.027\times10^{-3}}{2} = \frac{3.259\times10^{-3}}{2} \approx 1.63\times10^{-3}\ \text{mol/L}$
ステップ6:近似式の結果と比較する
姉妹編で、同じ条件($K_a=2.7\times10^{-5}$、$C=0.10$)を近似式 $[\text{H}^+]\approx\sqrt{K_aC}$ に代入したときの結果は、
$[\text{H}^+]_{\text{近似}} \approx 1.64\times10^{-3}\ \text{mol/L}$
でした。これに対して、今回、近似を使わずに求めた厳密な値は、
$[\text{H}^+]_{\text{厳密}} \approx 1.63\times10^{-3}\ \text{mol/L}$
両者の差は $0.01\times10^{-3}$ mol/L 程度で、相対誤差にすると1%に満たない、非常に小さな差です。pHに直しても、近似式では約2.78、厳密解では約2.79となり、実用上ほとんど差がありません。
このように両者がよく一致する理由は、この条件での電離度が $\alpha=[\text{H}^+]/C\approx1.6\times10^{-3}/0.10\approx0.016$、つまり約1.6%と、確かに小さかったからです。もし $K_a$ がもっと大きい酸(電離度が大きい酸)や、$C$ がもっと薄い溶液を考えると、$\alpha$ が大きくなり、$1-\alpha\approx1$ という近似が使えなくなるため、近似式と厳密解の差が無視できないほど大きくなります。そのような場合には、この証明で導いた厳密な二次方程式(または解の公式による解)を使う必要があります。
この証明のポイント
この証明のポイントは、電離定数の式を「近似せずに、正直に二次方程式として立てて解く」という、遠回りに見えて確実な方法を示したことです。近似式 $\sqrt{K_aC}$ は素早く計算できて便利ですが、それが「なぜ」正しいのか、そして「どこまで」正しいのかは、こうして厳密な解と比較して初めて確認できます。二次方程式の解のうち、濃度として意味を持つのは正の解だけである、という判断(ステップ4)も、化学の計算で数式の解を選ぶときによく使う考え方です。