有機化学 / 炭化水素
アルケン
要点整理
アルケンの一般式と構造
炭素原子間に二重結合を1個持つ、鎖式の不飽和炭化水素をアルケンといいます。アルケンの分子式は、炭素原子の数を $n$ として、次の一般式で表されます。
$\mathrm{C_nH_{2n}}$
もっとも簡単なアルケンはエチレン(エテン)$\ce{CH2=CH2}$($n=2$)で、プロペン $\ce{CH2=CH-CH3}$($n=3$)、ブテン $\ce{C4H8}$($n=4$)と続きます。アルカン($\mathrm{C_nH_{2n+2}}$)に比べて水素原子が2個少ないのは、二重結合を作るために炭素原子どうしが単結合よりも1組多く電子を共有しているためです。
二重結合は、1本のσ結合と1本のπ結合からできています。π結合をつくる電子(π電子)は、σ結合の電子に比べて原子核からの引力が弱く、外側に張り出しているため反応の足がかりになりやすいという特徴があります。このため、アルケンはアルカンに比べて反応性が高く、二重結合の部分で付加反応を起こしやすくなっています。
アルケンの反応:付加反応
付加反応とは、二重結合の部分に他の原子(団)が直接結びつき、二重結合の一方(π結合)が切れて単結合になる反応です。
臭素水の脱色
アルケンに臭素水(赤褐色の $\ce{Br2}$ 水溶液)を加えると、二重結合の部分に臭素原子が付加し、赤褐色が消えます。
$\ce{CH2=CH2 + Br2 -> CH2Br-CH2Br}$
この反応は、二重結合(または三重結合)の有無を確認する検出反応として広く使われます。アルカンには二重結合がないため、臭素水を加えても脱色は起こりません(常温・暗所では反応しない)。
水素の付加
ニッケル $\ce{Ni}$ や白金 $\ce{Pt}$ を触媒として水素 $\ce{H2}$ を反応させると、二重結合に水素原子が付加し、対応するアルカンが生じます。
$\ce{CH2=CH2 + H2 ->[Ni触媒] CH3-CH3}$
この反応は、油脂の分野で学ぶ「不飽和脂肪酸の水素付加(硬化油の製造)」の原理にもなっています。
幾何異性体(シス・トランス異性体)
アルケンの二重結合をつくる2つの炭素原子は、それぞれ自由に回転することができません(π結合が回転を妨げるため)。そのため、二重結合の両方の炭素原子に、それぞれ異なる2種類の原子(団)が結合している場合、原子団が二重結合の同じ側にあるか反対側にあるかによって、性質の異なる2種類の物質が生じます。これを**幾何異性体(シス・トランス異性体)**といいます。
例えば、2-ブテン $\ce{CH3-CH=CH-CH3}$ では、二重結合の左右それぞれの炭素に「$\ce{CH3}$」と「$\ce{H}$」という異なる2種類が結合しているため、次の2種類の異性体が存在します。
- シス-2-ブテン:2つのメチル基が二重結合の同じ側にある
- トランス-2-ブテン:2つのメチル基が二重結合の反対側にある
一方、1-ブテン $\ce{CH2=CH-CH2-CH3}$ では、二重結合の一方の炭素(左側、$\ce{CH2=}$)に水素原子が2個結合しており、同じ原子が2つついているため、幾何異性体は存在しません。
幾何異性体の判定条件:二重結合をつくる両方の炭素原子について、それぞれに結合している2つの原子(団)が互いに異なっている必要があります。どちらか一方でも同じ原子(団)が2つ結合していれば、幾何異性体は存在しません。
シス形とトランス形は、分子の形が異なるため、融点・沸点などの物理的性質が異なります。一般に、トランス形は分子の形が左右対称に近く分子どうしが接近しやすいため、シス形よりも融点が高くなる傾向があります。
例題
例題1(基本)
問題
分子式 $\ce{C4H8}$ で表されるアルケンの1つ、1-ブテン $\ce{CH2=CH-CH2-CH3}$ に、臭素水と水素(Ni触媒)をそれぞれ反応させたときの生成物を、構造式で書け。
解答・解説を見る
どちらも、二重結合の部分に原子が2個付加する反応です。
臭素水との反応
二重結合の2つの炭素それぞれに臭素原子が1個ずつ付加します。
$\ce{CH2=CH-CH2-CH3 + Br2 -> CH2Br-CHBr-CH2-CH3}$
水素との反応
二重結合の2つの炭素それぞれに水素原子が1個ずつ付加し、対応するアルカン(ブタン)になります。
$\ce{CH2=CH-CH2-CH3 + H2 ->[Ni] CH3-CH2-CH2-CH3}$
答え:臭素水との反応 $\ce{CH2Br-CHBr-CH2-CH3}$(1,2-ジブロモブタン)、水素との反応 $\ce{CH3-CH2-CH2-CH3}$(ブタン)
例題2(標準)
問題
次の(a)〜(c)のアルケンのうち、幾何異性体(シス・トランス異性体)が存在するものをすべて選び、理由を説明せよ。
(a) $\ce{CH2=CH2}$(エチレン) (b) $\ce{CH3-CH=CH-CH3}$(2-ブテン) (c) $\ce{(CH3)2C=CH2}$(2-メチルプロペン)
解答・解説を見る
幾何異性体が存在するためには、二重結合をつくる両方の炭素原子に、それぞれ異なる2種類の原子(団)が結合している必要があります。
- (a) エチレン:どちらの炭素にも水素原子が2個ずつ結合しており、同じ原子どうしなので存在しない。
- (b) 2-ブテン:左の炭素には $\ce{CH3}$ と $\ce{H}$、右の炭素にも $\ce{CH3}$ と $\ce{H}$ が結合しており、どちらの炭素も異なる2種類が結合している → 存在する(シス-2-ブテン、トランス-2-ブテン)。
- (c) 2-メチルプロペン:$\ce{(CH3)2C=CH2}$ の左の炭素には $\ce{CH3}$ が2個結合しており、同じ原子団どうしなので存在しない。
答え:幾何異性体が存在するのは(b)のみ。二重結合の両方の炭素に異なる2種類の原子(団)が結合しているのは(b)だけであるため。
例題3(応用)
問題
分子式 $\ce{C5H10}$ で表される直鎖のアルケン(枝分かれのないもの)には、2-ペンテン $\ce{CH3-CH2-CH=CH-CH3}$ が含まれる。この化合物に幾何異性体が存在することを説明し、シス形とトランス形の融点・沸点の違いについて、分子の形の観点から述べよ。
解答・解説を見る
幾何異性体の存在
2-ペンテンの二重結合をつくる2つの炭素原子について、左側の炭素には $\ce{CH2CH3}$(エチル基)と $\ce{H}$、右側の炭素には $\ce{CH3}$(メチル基)と $\ce{H}$ が結合しています。どちらの炭素にも異なる2種類の原子(団)が結合しているので、シス-2-ペンテンとトランス-2-ペンテンの2種類の幾何異性体が存在します。
融点・沸点の違い
トランス形は、大きい原子団(エチル基とメチル基)が二重結合をはさんで反対側にあるため、分子全体としては直線に近い、左右対称性の高い形になります。このため、分子どうしが規則正しく配列しやすく、分子間力がはたらきやすいため、一般に沸点はシス形よりトランス形の方が高くなる傾向があります。一方、シス形は大きい原子団が同じ側にあるため分子が折れ曲がった形になり、分子どうしが密に並びにくくなります。
答え:2-ペンテンの二重結合の両方の炭素に、それぞれ異なる2種類の原子団($\ce{H}$ とエチル基/メチル基)が結合しているため、シス形とトランス形の幾何異性体が存在する。トランス形の方が分子の対称性が高く分子間力がはたらきやすいため、一般に沸点が高くなる。
練習問題
問題
アルカンとアルケンを見分けるために、臭素水を用いる実験を行いたい。どのような操作・観察を行い、どのような結果が得られればアルケンと判断できるか、簡潔に説明せよ。
答え
試料に赤褐色の臭素水を加えて振り混ぜ、色の変化を観察する。赤褐色が消える(脱色する)場合はアルケン(二重結合を持つ)であり、色が消えずに残る場合はアルカン(二重結合を持たない)と判断できる。