無機化学 / 遷移元素

鉄とその化合物

要点整理

遷移元素とは何か、なぜ色や酸化数の種類が多いのか

典型元素(1・2族、12~18族)は、価電子の数によって安定な酸化数がほぼ1種類に決まりました(例えばNaは常に+1、Caは常に+2)。ところが鉄・銅・銀・クロム・マンガンなどの遷移元素は、最外殻電子だけでなく内側のd軌道の電子も反応に関与できるため、1つの元素が複数の安定な酸化数をとることができます。鉄で言えば+2(Fe2+)と+3(Fe3+)がどちらも安定に存在でき、この2つの間を行き来する反応が、鉄の化学の中心テーマになります。

このユニット全体を通して、「なぜこの色になるのか」「なぜこの反応が起こるのか」を、化学基礎で学んだ**酸化数の変化(酸化還元)**の考え方に必ず結びつけて理解していきましょう。

Fe2+とFe3+の性質・色の違い

イオン・化合物 備考
$\ce{Fe^2+}$ 水溶液 淡緑色 $\ce{FeSO4}$、$\ce{FeCl2}$ の水溶液など
$\ce{Fe^3+}$ 水溶液 黄褐色 $\ce{FeCl3}$ の水溶液など
$\ce{Fe(OH)2}$ 緑白色の沈殿 空気中で酸化されやすい
$\ce{Fe(OH)3}$ 赤褐色の沈殿(実際は水和酸化物 $\ce{FeO(OH)}$ に近い) 酸化鉄(III)の水和物
$\ce{Fe2O3}$ 赤褐色(赤さびの主成分) 天然には赤鉄鉱として産出
$\ce{Fe3O4}$ 黒色 天然には磁鉄鉱として産出、鉄を空気中で強く加熱すると生じる

Fe2+ ⇌ Fe3+ の相互変換を酸化還元反応式で理解する

Fe2+ → Fe3+(酸化)

Fe2+は還元剤としてはたらき、酸化剤と出会うと電子を1個失ってFe3+になります。

$\ce{Fe^2+ -> Fe^3+ + e-}$

例えば塩素を通じると、塩素が酸化剤としてFe2+から電子を奪います。

$\ce{2Fe^2+ + Cl2 -> 2Fe^3+ + 2Cl-}$

過酸化水素や過マンガン酸カリウム、希硝酸などの酸化剤でも同様にFe2+はFe3+へ酸化されます。淡緑色の溶液が黄褐色に変わることで、酸化が起こったことを目で確認できます。

Fe3+ → Fe2+(還元)

逆にFe3+は酸化剤としてはたらき、電子を1個受け取ってFe2+に戻ります。

$\ce{Fe^3+ + e- -> Fe^2+}$

亜鉛のようなイオン化傾向の大きい金属を加えると、亜鉛が電子を放出してFe3+を還元します。

$\ce{2Fe^3+ + Zn -> 2Fe^2+ + Zn^2+}$

このように、色の変化(淡緑色 ⇌ 黄褐色)は、単なる暗記事項ではなく「Feの酸化数が+2と+3の間でどちらへ動いたか」を表すサインだと考えると、忘れにくくなります。

水酸化鉄の沈殿と空気酸化

Fe2+を含む水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を加えると、緑白色のFe(OH)2の沈殿が生じます。

$\ce{Fe^2+ + 2OH- -> Fe(OH)2 v}$

このFe(OH)2は非常に酸化されやすく、空気中の酸素によってすぐに酸化され、赤褐色のFe(OH)3に変化します。

$\ce{4Fe(OH)2 + O2 + 2H2O -> 4Fe(OH)3}$

この反応では、Feの酸化数が+2→+3に上がる(酸化される)のと同時に、O2の酸化数が0→−2に下がる(還元される)ことで、電子のやり取りのつじつまが合っています。緑白色の沈殿が放置するうちに赤褐色に変わっていく現象は、実験でもよく観察される典型的な酸化還元反応です。

一方、Fe3+を含む水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を加えると、最初から赤褐色のFe(OH)3の沈殿が得られます。

$\ce{Fe^3+ + 3OH- -> Fe(OH)3 v}$

Fe3+の検出反応 — 錯イオンと呈色反応

Fe3+はいくつかの特徴的な呈色反応・沈殿反応で検出できます。これらはのちに学ぶ錯イオンの考え方とも深くつながっています。

試薬 Fe2+との反応 Fe3+との反応
ヘキサシアニド鉄(III)酸カリウム $\ce{K3[Fe(CN)6]}$ 濃青色沈殿を生じる 変化なし(褐色になる程度)
ヘキサシアニド鉄(II)酸カリウム $\ce{K4[Fe(CN)6]}$ 変化なし(淡青色になる程度) 濃青色沈殿を生じる
チオシアン酸カリウム $\ce{KSCN}$ 変化なし 血赤色に呈色

Fe2+とK3[Fe(CN)6]、Fe3+とK4[Fe(CN)6]から生じる濃青色沈殿は、かつてそれぞれ「ターンブル青」「プルシアンブルー」と別の名前で呼ばれていましたが、現在ではどちらも同じ組成の化合物であることがわかっています。特にFe3+ + KSCNの血赤色の呈色は、Fe3+が微量に存在するだけでもはっきり確認できる鋭敏な検出反応として有名で、Fe3+がSCN−と配位結合して錯イオンをつくることで色がつきます。

鉄の単体の反応性 — イオン化傾向とのつながり

化学基礎で学んだイオン化傾向の順序では、鉄は水素よりイオン化傾向が大きい位置にあります。そのため、鉄は希塩酸や希硫酸のような酸化力のない酸と反応して、水素を発生しながら溶けます。

$\ce{Fe + 2HCl -> FeCl2 + H2 ^}$

このとき生じるのはFe3+ではなくFe2+であることに注意しましょう。希塩酸や希硫酸には、Feをそれ以上酸化する力(酸化剤としての強さ)がないため、酸化数の変化は0→+2までにとどまります。

一方、鉄は濃硝酸には不動態をつくるため、常温ではほとんど反応が進みません。これはアルミニウムやニッケル、クロムなどにも共通する性質です。

鉄の製錬 — 溶鉱炉での還元

鉄は自然界では酸化鉄(赤鉄鉱$\ce{Fe2O3}$や磁鉄鉱$\ce{Fe3O4}$)として存在しており、単体を得るには酸化鉄を還元する必要があります。工業的には**溶鉱炉(高炉)**の中で、コークス(C)から生じる一酸化炭素COを還元剤として使い、酸化鉄を段階的に還元していきます。

$\ce{Fe2O3 + 3CO -> 2Fe + 3CO2}$

この反応は、Feの酸化数が+3→0に下がる(還元される)一方で、Cの酸化数が+2→+4に上がる(酸化される)、教科書的な酸化還元反応です。実際の溶鉱炉内では、$\ce{Fe2O3 -> Fe3O4 -> FeO -> Fe}$ という具合に、酸化数がより少しずつ段階的に下がっていきます。

こうして得られた鉄は銑鉄と呼ばれ、炭素を約4%含むため硬いがもろく、そのままでは建築・機械などの用途に向きません。銑鉄を転炉に移し、酸素を吹き込んで炭素を燃焼させ(炭素量を減らす酸化反応)、粘り強いにつくり変えます。

例題

例題1(基本)

問題

Fe2+を含む水溶液に塩素水を加えたところ、溶液の色が淡緑色から黄褐色に変化した。この変化を化学反応式で表し、Feの酸化数がどう変化したか答えよ。

解答・解説を見る

淡緑色はFe2+、黄褐色はFe3+の色です。塩素Cl2が酸化剤としてはたらき、Fe2+から電子を奪ってFe3+に酸化したと考えられます。

$\ce{2Fe^2+ + Cl2 -> 2Fe^3+ + 2Cl-}$

Feの酸化数は $+2 \to +3$ に変化し(酸化)、Clの酸化数は $0 \to -1$ に変化しています(還元)。

答え:$\ce{2Fe^2+ + Cl2 -> 2Fe^3+ + 2Cl-}$。Feの酸化数は+2から+3に増加した(酸化された)。

例題2(標準)

問題

次の(1)~(3)の操作で生じる沈殿の化学式と色をそれぞれ答えよ。

(1) Fe2+水溶液にNaOH水溶液を加える (2) (1)の沈殿をしばらく空気中に放置する (3) Fe3+水溶液にNaOH水溶液を加える

解答・解説を見る

(1) $\ce{Fe^2+ + 2OH- -> Fe(OH)2 v}$ より、緑白色の沈殿Fe(OH)2が生じる。

(2) Fe(OH)2は空気中の酸素によって酸化され、$\ce{4Fe(OH)2 + O2 + 2H2O -> 4Fe(OH)3}$ の反応が起こり、赤褐色の沈殿Fe(OH)3に変化する。

(3) $\ce{Fe^3+ + 3OH- -> Fe(OH)3 v}$ より、最初から赤褐色の沈殿Fe(OH)3が生じる。

答え:(1) Fe(OH)2、緑白色 (2) Fe(OH)3、赤褐色 (3) Fe(OH)3、赤褐色

(1)と(2)を比べると、同じ鉄の水酸化物でも、空気中で酸化が進むことで色まで変わることがわかります。

例題3(応用)

問題

濃度不明のFeCl2水溶液100 mLがある。この溶液中のFe2+をすべてFe3+に酸化するのに、0.100 mol/Lの過酸化水素水が20.0 mL必要であった。もとのFeCl2水溶液のモル濃度を求めよ。ただし、酸性条件下でH2O2は次のように酸化剤としてはたらくものとする。

$\ce{H2O2 + 2H+ + 2e- -> 2H2O}$

解答・解説を見る

Fe2+の半反応式は $\ce{Fe^2+ -> Fe^3+ + e-}$ であり、Fe2+1molが失う電子は1molです。

H2O2の半反応式より、H2O2 1molが受け取る電子は2molです。

酸化剤が受け取る電子の物質量と、還元剤が失う電子の物質量は等しいので、

$n(\ce{Fe^2+})\times 1 = n(\ce{H2O2})\times 2$

H2O2の物質量は、

$n(\ce{H2O2}) = 0.100\times\frac{20.0}{1000} = 2.00\times 10^{-3}\ \mathrm{mol}$

よって、

$n(\ce{Fe^2+}) = 2\times 2.00\times 10^{-3} = 4.00\times 10^{-3}\ \mathrm{mol}$

もとの溶液のモル濃度は、

$\frac{4.00\times 10^{-3}}{100/1000} = 4.00\times 10^{-2}\ \mathrm{mol/L}$

答え:$4.00\times 10^{-2}\ \mathrm{mol/L}$

この問題は「色や沈殿の暗記」ではなく、Fe2+ ⇌ Fe3+の酸化還元を、化学基礎で学んだ酸化還元滴定の考え方(電子の物質量のつじつまを合わせる)で処理する、遷移元素分野の典型パターンです。

練習問題

問題

次の反応式の空欄を埋め、下線部のFeの酸化数の変化(酸化されたか還元されたか)を答えよ。

$\ce{Fe2O3 + 3CO -> \underline{2Fe} + 3CO2}$

答え

反応式はすでに完成している(係数はFe2、CO3、CO2の3のまま)。下線部のFeは、Fe2O3中で+3であったものが単体のFe(酸化数0)になっているので、酸化数は+3→0に減少しており、還元された