有機化学 / 有機化合物の構造決定
構造決定の考え方
要点整理
構造決定の全体の流れ
分子式が決まったからといって、構造式が1つに決まるわけではありません。同じ分子式でも、原子のつながり方が異なる構造異性体が複数存在することがほとんどです。構造式を1つに絞り込むには、分子式の情報に加えて、不飽和度の計算と官能基の検出反応という2つの手がかりを組み合わせて考えます。
$\text{分子式} \xrightarrow{\text{不飽和度を計算}} \text{環・多重結合の数を推定} \xrightarrow{\text{検出反応の結果と照合}} \text{構造式を絞り込む}$
不飽和度の計算
炭素・水素・酸素・窒素からなる化合物 $\ce{C_cH_hO_oN_n}$ について、次の式で不飽和度 $U$ を計算できます(酸素の数 $o$ は不飽和度に影響しません)。
$U = \frac{2c+2+n-h}{2}$
この式は、「炭素数 $c$ の飽和で環をもたない鎖式の炭化水素・化合物なら水素数は $2c+2$ になるはずだが、実際の水素数 $h$ がそれよりどれだけ少ないか」を表しています。水素が2個不足するごとに、環または二重結合が1個ずつ存在すると考えられます。
- $U=0$:環も多重結合もない、飽和の鎖式化合物
- $U=1$:環が1個、または二重結合(C=CやC=O)が1個
- $U=2$:環や二重結合をあわせて2個分、または三重結合(C≡C)が1個
- (酸素原子は不飽和度の計算に影響しない。C=Oのような酸素を含む二重結合は、炭素側の不飽和として $U$ に反映される)
不飽和度を求めることで、「考えられる構造に、環や多重結合がいくつ含まれているか」を先に絞り込むことができます。
官能基の検出反応の整理
構造式をさらに絞り込むには、次のような検出反応の結果を利用します。
| 検出反応 | 陽性になる構造 | 現象 |
|---|---|---|
| 銀鏡反応 | ホルミル基($\ce{-CHO}$) | 銀が析出する(鏡のようになる) |
| フェーリング液の還元 | ホルミル基($\ce{-CHO}$) | 酸化銅(I)の赤色沈殿 |
| ヨードホルム反応 | $\ce{CH3-CO-}$ または $\ce{CH3-CH(OH)-}$ | 特有の臭気をもつ黄色沈殿($\ce{CHI3}$) |
| 金属ナトリウムとの反応 | ヒドロキシ基($\ce{-OH}$、アルコール・フェノール・カルボキシ基) | 水素が発生する |
| 炭酸水素ナトリウムとの反応 | カルボキシ基($\ce{-COOH}$) | 二酸化炭素が発生する |
| 塩化鉄(III)水溶液 | フェノール性ヒドロキシ基 | 呈色する |
| 臭素水・過マンガン酸カリウム水溶液 | 炭素間二重結合・三重結合 | 脱色される |
これらの反応は、それぞれ特定の構造だけに反応するので、どの反応が陽性で、どの反応が陰性だったかを1つずつ丁寧に確認することが、構造を絞り込むうえで重要です。
注意:ヨードホルム反応は「$\ce{CH3-CO-}$」または「$\ce{CH3-CH(OH)-}$」という、炭素骨格の一部にメチル基が直接ついた特殊な構造だけに反応します。同じアルデヒドやアルコールでも、この構造をもたないもの(例:プロパナール $\ce{CH3CH2CHO}$、1-プロパノール $\ce{CH3CH2CH2OH}$)は、ヨードホルム反応を示しません。
総合的な考え方
構造決定の問題を解くときの基本的な流れをまとめると、次のようになります。
- 元素分析のデータ(または与えられた分子式)から、分子式を確定する。
- 不飽和度を計算し、環・多重結合の数を推定する。
- 与えられた検出反応の結果(陽性・陰性)から、分子内に存在する官能基を絞り込む。
- 分子式・不飽和度・官能基の情報をすべて満たす構造式の候補をすべて書き出す。
- 候補が複数残る場合は、さらに追加の実験事実(反応生成物の性質、対称性など)を使って、1つに絞り込む。
例題
例題1(基本)
問題
分子式 $\ce{C3H6O}$ で表される化合物Xがある。Xは金属ナトリウムと反応せず、ヨードホルム反応を示し、臭素水を脱色しなかった。Xの構造式を求めよ。
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不飽和度の計算
$U = \frac{2\times3+2-6}{2} = \frac{2}{2} = 1$
環または多重結合(C=CまたはC=O)が1個存在すると推定できる。
検出反応からの絞り込み
- 金属ナトリウムと反応しない → ヒドロキシ基($\ce{-OH}$)をもたない。
- 臭素水を脱色しない → 炭素間二重結合(C=C)をもたない。したがって、不飽和度1はC=O(カルボニル基)によるものと考えられる。
- ヨードホルム反応を示す → $\ce{CH3-CO-}$ の構造をもつ。
これらを満たす $\ce{C3H6O}$ の構造は、アセトン $\ce{CH3-CO-CH3}$ である(ヒドロキシ基をもたずカルボニル基のみで不飽和度1、かつメチルケトンの構造をもつ)。
答え:$\ce{CH3-CO-CH3}$(アセトン)
例題2(標準)
問題
分子式 $\ce{C4H8O2}$ で表される化合物Yは、炭酸水素ナトリウム水溶液と反応して気体を発生した。また、Yの炭素骨格には枝分かれがあることがわかっている。Yの構造式を求めよ。
解答・解説を見る
不飽和度の計算
$U = \frac{2\times4+2-8}{2} = \frac{2}{2} = 1$
不飽和度1が存在する。
検出反応からの絞り込み
炭酸水素ナトリウム水溶液と反応して気体(二酸化炭素)を発生したことから、Yはカルボキシ基をもつ(炭酸より強い酸)とわかる。カルボキシ基のC=Oがちょうど不飽和度1に対応するので、残りの炭素骨格はすべて単結合(飽和)である。
分子式 $\ce{C4H8O2}$ でカルボキシ基を1つもつ飽和のモノカルボン酸は、直鎖の酪酸 $\ce{CH3CH2CH2COOH}$ か、枝分かれのある異性体($\ce{(CH3)2CHCOOH}$、2-メチルプロパン酸)のいずれかである。「炭素骨格に枝分かれがある」という条件から、後者に決まる。
答え:$\ce{(CH3)2CHCOOH}$(2-メチルプロパン酸、イソ酪酸)
例題3(応用)
問題
炭素・水素・酸素からなる化合物Zがあり、質量パーセント組成はC 54.5%、H 9.1%、O 36.4%、分子量は88であった。Zを水酸化ナトリウム水溶液でけん化すると、酢酸ナトリウムとエタノールが得られた。Zの分子式と構造式を求めよ。原子量は $\mathrm{H=1.0,\ C=12,\ O=16}$ とする。
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分子式を求める
試料100gあたりの各元素の質量は、C 54.5g、H 9.1g、O 36.4gである。
$\ce{C} : \ce{H} : \ce{O} = \frac{54.5}{12} : \frac{9.1}{1.0} : \frac{36.4}{16} = 4.54 : 9.1 : 2.28 \approx 2 : 4 : 1$
組成式は $\ce{C2H4O}$(式量 $24+4+16=44$)。分子量88は式量44の2倍なので、分子式は $\ce{C4H8O2}$。
構造を決定する
Zを水酸化ナトリウム水溶液でけん化すると酢酸ナトリウムとエタノールが得られたことから、Zは酢酸とエタノールが縮合したエステルであるとわかる。
$\ce{CH3COOC2H5 + NaOH -> CH3COONa + C2H5OH}$
生じた酢酸ナトリウム($\ce{CH3COONa}$)とエタノール($\ce{C2H5OH}$)から逆算すると、もとのエステルZは酢酸エチル $\ce{CH3COOC2H5}$ であり、分子式 $\ce{C4H8O2}$(分子量 $12\times4+1.0\times8+16\times2=88$)と一致する。
答え:分子式は $\ce{C4H8O2}$、構造式は $\ce{CH3-CO-O-C2H5}$(酢酸エチル)
練習問題
問題
分子式 $\ce{C3H8O}$ で表される化合物Wは、金属ナトリウムと反応して水素を発生したが、ヨードホルム反応は示さず、塩化鉄(III)水溶液でも呈色しなかった。Wの構造式を求めよ。
答え
不飽和度は $U=\dfrac{2\times3+2-8}{2}=0$ なので、環も多重結合ももたない飽和の鎖式化合物である。金属ナトリウムと反応することからヒドロキシ基をもつ(エーテルではなくアルコール)とわかり、塩化鉄(III)で呈色しないことからフェノール類ではない。$\ce{C3H8O}$ のアルコールには1-プロパノール $\ce{CH3CH2CH2OH}$ と2-プロパノール $\ce{CH3CH(OH)CH3}$ があるが、後者は $\ce{CH3-CH(OH)-}$ の構造をもちヨードホルム反応を示すはずである。ヨードホルム反応を示さなかったことから、Wは1-プロパノール $\ce{CH3CH2CH2OH}$ と決まる。