有機化学 / 芳香族化合物

フェノール類

要点整理

フェノール類とは

フェノール類は、ベンゼン環の炭素原子に直接ヒドロキシ基($\ce{-OH}$)が結合した化合物の総称です。代表例は最も単純なフェノール $\ce{C6H5-OH}$ で、ほかにクレゾール(ベンゼン環にメチル基とヒドロキシ基がついた化合物)、ナフトールなどがあります。

ここで注意したいのは、フェノール類は「アルコールの仲間」ではないということです。アルコールは鎖式(または脂環式)の炭素にヒドロキシ基がついた化合物であるのに対し、フェノール類はベンゼン環の炭素に直接ヒドロキシ基がついています。見た目は同じ $\ce{-OH}$ でも、結合している炭素の種類がちがうことで、性質はまったく異なるものになります。

フェノールの弱い酸性

フェノールは、水に溶かすとごくわずかに電離して、弱い酸性を示します。

$\ce{C6H5OH <=> C6H5O- + H+}$

なぜアルコールの $\ce{-OH}$ は中性なのに、フェノールの $\ce{-OH}$ は(弱いながらも)酸性を示すのでしょうか。その理由は、フェノールが電離してできるフェノキシドイオン($\ce{C6H5O-}$)の安定性にあります。酸素原子上の負電荷が、ベンゼン環の非局在化した $\pi$ 電子系に一部引き込まれる(共鳴によって分散する)ため、フェノキシドイオンは通常のアルコキシドイオン($\ce{C2H5O-}$ など)よりも安定になります。マイナスの電荷がイオン全体に分散して安定化されるほど、そのイオンは生じやすく、もとの酸は電離しやすい(=酸性が強い)というのが、酸の強さを考える基本的な見方です。

とはいえ、フェノールの酸性はきわめて弱く、カルボン酸はもちろん、炭酸($\ce{H2CO3}$)よりも弱い酸です。酸の強さを大まかな順に並べると、次のようになります。

$\text{カルボン酸} > \text{炭酸} > \text{フェノール類}$

炭酸より弱いことを示す実験

この「フェノールは炭酸より弱い酸である」という事実は、次のような実験で確認できます。

  • フェノール + 水酸化ナトリウム水溶液(強塩基):反応する。強塩基はフェノールよりずっと強い塩基なので、弱酸であるフェノールから水素イオンを奪うことができる。

$\ce{C6H5OH + NaOH -> C6H5ONa + H2O}$

  • フェノール + 炭酸水素ナトリウム水溶液:反応しない(気体は発生しない)。炭酸水素ナトリウムは炭酸の塩であり、炭酸より弱い酸であるフェノールは、炭酸を追い出す(炭酸イオンやHCO3⁻から水素イオンを奪う)だけの酸としての強さをもたないため。

これに対して、カルボン酸(たとえば安息香酸)は炭酸より強い酸なので、炭酸水素ナトリウム水溶液と反応して二酸化炭素の気体を発生します。

$\ce{C6H5COOH + NaHCO3 -> C6H5COONa + H2O + CO2 ^}$

つまり、「炭酸水素ナトリウム水溶液を加えたときに気体(二酸化炭素)が発生するかどうか」は、カルボン酸とフェノール類を見分ける実験的な手がかりになります。気体が発生すればカルボン酸(炭酸より強い酸)、発生しなければフェノール類(炭酸より弱い酸)、と判断できます。

整理:フェノールは水酸化ナトリウム(強塩基)とは反応するが、炭酸水素ナトリウム(弱酸の塩)とは反応しない。「弱塩基となら反応するが、弱酸の塩とは反応しない」という、酸の強さの序列そのものを利用した判定実験です。

なお、フェノールは金属ナトリウムとも反応し、水素を発生します。これはアルコールと共通する $\ce{-OH}$ の性質で、酸としての強さの違いとは別に、$\ce{O-H}$ 結合をもつ化合物に共通する反応です。

$\ce{2C6H5OH + 2Na -> 2C6H5ONa + H2 ^}$

塩化鉄(III)による検出

フェノール類は、水酸化ナトリウムや炭酸水素ナトリウムとの反応だけでなく、塩化鉄(III)水溶液を加えたときの呈色によっても検出できます。フェノール類の水溶液に塩化鉄(III)水溶液を数滴加えると、青紫色〜赤紫色に呈色します(呈色する色は化合物によって多少異なります)。

この呈色反応は、フェノール性ヒドロキシ基(ベンゼン環に直接ついた $\ce{-OH}$)に特有のもので、アルコール性ヒドロキシ基(鎖式の炭素についた $\ce{-OH}$)では起こりません。そのため、この反応は「分子中にフェノール性ヒドロキシ基が存在するかどうか」を確認する実験として、構造決定の問題でも頻繁に利用されます。

試薬 反応するもの 反応しないもの 見分けられる性質
塩化鉄(III)水溶液 フェノール性 $\ce{-OH}$(呈色) アルコール性 $\ce{-OH}$ フェノール性ヒドロキシ基の有無
炭酸水素ナトリウム水溶液 カルボン酸(気体発生) フェノール類(反応しない) 炭酸より強い酸か弱い酸か
水酸化ナトリウム水溶液 カルボン酸・フェノール類(中和) アルコール 酸性を示すかどうか

このように、同じ「反応するかしないか」という実験結果でも、使う試薬を変えることで、異なる情報(官能基の種類・酸の強さ)を引き出せるという点が、有機化合物の性質を調べるうえで重要な考え方です。

例題

例題1(基本)

問題

フェノール、安息香酸($\ce{C6H5COOH}$)、エタノールの3種類の物質について、それぞれ炭酸水素ナトリウム水溶液を加えたときに気体が発生するかどうかを答え、その理由を説明せよ。

解答・解説を見る

炭酸水素ナトリウムと反応して二酸化炭素を発生するのは、炭酸よりも強い酸の場合だけである。

  • フェノール:炭酸よりも弱い酸なので、炭酸水素ナトリウムとは反応しない。気体は発生しない
  • 安息香酸:カルボン酸であり、炭酸よりも強い酸なので、炭酸水素ナトリウムと反応して二酸化炭素を発生する。気体が発生する

$\ce{C6H5COOH + NaHCO3 -> C6H5COONa + H2O + CO2 ^}$

  • エタノール:酸性を示さない中性の物質なので、そもそも炭酸水素ナトリウムと反応しない。気体は発生しない

答え:安息香酸のみ気体(二酸化炭素)が発生する。フェノールは炭酸より弱い酸のため反応せず、エタノールは酸性を示さないため反応しない。

例題2(標準)

問題

フェノールの電離によって生じるフェノキシドイオン $\ce{C6H5O-}$ は、同じ炭素数のエタノールが電離したと仮定した場合にできるエトキシドイオン $\ce{C2H5O-}$ よりも安定である。この安定性の違いが、フェノールとエタノールの酸としての強さの違いにどうつながるかを説明せよ。

解答・解説を見る

酸の強さは、電離によって生じる陰イオンがどれだけ安定に存在できるかに大きく左右される。陰イオンが安定であるほど、もとの分子は水素イオンを放出しやすく(電離しやすく)、酸としての性質が強くなる。

フェノキシドイオン $\ce{C6H5O-}$ では、酸素原子上の負電荷が、ベンゼン環の非局在化した $\pi$ 電子系に分散されるため、負電荷が酸素原子だけに集中している状態よりも安定になる。一方、エタノールが電離してできるエトキシドイオン $\ce{C2H5O-}$ には、電荷を分散させるようなしくみがなく、負電荷は酸素原子上に集中したままである。

このため、フェノキシドイオンのほうがエトキシドイオンよりも安定に存在でき、フェノールのほうがエタノールよりも電離しやすい(酸性が強い)。実際、エタノールはほぼ中性で酸性を示さないのに対し、フェノールは(弱いながらも)明確な酸性を示す。

答え:フェノキシドイオンは負電荷がベンゼン環に分散して安定化されるため、電荷が酸素原子に集中したままのエトキシドイオンより安定に存在できる。そのため、フェノールはエタノールよりも電離しやすく、弱いながらも酸性を示す。

例題3(応用)

問題

無色の水溶液A、Bがある。Aはフェノールの水溶液、Bはエタノールの水溶液のいずれかである。次の2つの実験だけで、AとBを区別する方法を説明せよ。

解答・解説を見る

フェノールとエタノールを区別するには、フェノール性ヒドロキシ基の有無を確認できる塩化鉄(III)水溶液による呈色反応を利用するのが最も簡単である。

それぞれの水溶液に塩化鉄(III)水溶液を数滴加える。

  • 青紫〜赤紫色に呈色した方 → フェノール性ヒドロキシ基をもつフェノールの水溶液
  • 色の変化が見られない方 → エタノールの水溶液

なお、両方とも金属ナトリウムを加えれば水素を発生するため、ナトリウムとの反応だけでは両者を区別できない。また、炭酸水素ナトリウム水溶液を加えても、フェノール・エタノールのどちらも反応しない(気体は発生しない)ため、これも区別には使えない。フェノール性ヒドロキシ基に特有の塩化鉄(III)呈色反応を使う必要がある。

答え:それぞれに塩化鉄(III)水溶液を加え、青紫〜赤紫色に呈色すればフェノール、呈色しなければエタノールと判断する。

練習問題

問題

次の(a)〜(c)の実験結果から、化合物Xがフェノール類・カルボン酸・アルコールのいずれであるかを判定せよ。 (a) 塩化鉄(III)水溶液を加えても呈色しなかった。 (b) 炭酸水素ナトリウム水溶液を加えると、気体が発生した。 (c) 金属ナトリウムを加えると、水素が発生した。

答え

炭酸水素ナトリウムと反応して気体が発生した((b))ことから、Xは炭酸より強い酸、すなわちカルボン酸である。塩化鉄(III)で呈色しなかった((a))ことは、フェノール性ヒドロキシ基をもたないというカルボン酸の性質と矛盾しない。ナトリウムとの反応((c))は、カルボキシ基の $\ce{O-H}$ に由来する一般的な反応である。