無機化学 / 遷移元素
錯イオン
要点整理
配位結合の復習 — NH4+と同じしくみ
化学基礎で、アンモニアNH3にH+が結びついてアンモニウムイオンNH4+ができる反応を学びました。
$\ce{NH3 + H+ -> NH4+}$
このとき、N-H結合をつくる2個の電子は、もともとNH3の窒素原子が持っていた非共有電子対がそのまま使われており、H+の側は電子を1つも出していません。このように、結合に使う2個の電子を一方の原子だけが提供する共有結合を、特に配位結合と呼びます。
このユニットで学ぶ錯イオンは、まさにこの配位結合が、H+の代わりに金属イオン(Fe2+、Cu2+、Ag+など)に対して起こったものだと考えると、初めて習う内容ではなく、既に知っている知識の応用だと気づけるはずです。
錯イオンとは何か
金属イオンに、非共有電子対を持つ分子やイオン(配位子)がいくつか配位結合してできたイオンを錯イオンといいます。配位子として代表的なものには次のようなものがあります。
| 配位子 | 名称 | 由来 |
|---|---|---|
| $\ce{NH3}$ | アンミン | アンモニア分子 |
| $\ce{H2O}$ | アクア | 水分子 |
| $\ce{OH-}$ | ヒドロキシド | 水酸化物イオン |
| $\ce{CN-}$ | シアニド | シアン化物イオン |
| $\ce{Cl-}$ | クロリド | 塩化物イオン |
配位数と錯イオンの形
中心の金属イオン1個に配位結合している配位子の数を配位数といいます。配位数は中心金属イオンの種類によってほぼ決まっており、このユニットで既に登場したものだけでも次のように整理できます。
| 中心金属イオン | 配位数 | 形 | 例 |
|---|---|---|---|
| $\ce{Ag+}$ | 2 | 直線形 | $\ce{[Ag(NH3)2]+}$ |
| $\ce{Cu^2+}$ | 4 | 正方形 | $\ce{[Cu(NH3)4]^2+}$ |
| $\ce{Zn^2+}$ | 4 | 正四面体形 | $\ce{[Zn(NH3)4]^2+}$ |
| $\ce{Fe^2+}$ | 6 | 正八面体形 | $\ce{[Fe(CN)6]^4-}$ |
| $\ce{Fe^3+}$ | 6 | 正八面体形 | $\ce{[Fe(CN)6]^3-}$ |
錯イオンの名前のつけ方
錯イオンの名称は、次の順序で組み立てます。
- 配位子の数を表す数詞(モノ=1、ジ=2、トリ=3、テトラ=4、ペンタ=5、ヘキサ=6)
- 配位子の名前(アンミン、アクア、シアニドなど)
- 中心金属の名前と酸化数(ローマ数字)
- 「イオン」(全体が陰イオンの場合は、金属名のあとに「酸」を入れてから「イオン」とする)
| 化学式 | 名称 |
|---|---|
| $\ce{[Cu(NH3)4]^2+}$ | テトラアンミン銅(II)イオン |
| $\ce{[Ag(NH3)2]+}$ | ジアンミン銀(I)イオン |
| $\ce{[Zn(NH3)4]^2+}$ | テトラアンミン亜鉛(II)イオン |
| $\ce{[Fe(CN)6]^4-}$ | ヘキサシアニド鉄(II)酸イオン |
| $\ce{[Fe(CN)6]^3-}$ | ヘキサシアニド鉄(III)酸イオン |
全体が陰イオンになる($\ce{[Fe(CN)6]^4-}$や$\ce{[Fe(CN)6]^3-}$)場合にだけ、金属名のあとに「酸」がつくことに注意しましょう。これは、酸のイオン(硫酸イオンなど)の名前のつけ方と発想が似ています。
なぜ沈殿が「過剰の配位子」で溶けるのか
このユニットの前半で、次のような現象を見てきました。
- $\ce{Cu(OH)2 + 4NH3 -> [Cu(NH3)4]^2+ + 2OH-}$(青白色沈殿が過剰のアンモニアで深青色の溶液に)
- $\ce{AgCl + 2NH3 -> [Ag(NH3)2]+ + Cl-}$(白色沈殿が過剰のアンモニアで無色の溶液に)
これらは、水に溶けにくい沈殿を構成していた金属イオン(Cu2+やAg+)が、過剰に加えたアンモニアと配位結合して、水に溶けやすい錯イオンに姿を変えたために起こる現象です。つまり錯イオンの形成は、沈殿ができる・できないという溶解度の議論と地続きになっています。「なぜ沈殿が溶けるのか」という疑問に対して、「金属イオンが配位子に囲まれて、別の(水に溶けやすい)形に変わったから」という説明ができるようになりました。
両性金属の水酸化物と錯イオン
典型金属元素の単元で学ぶ両性金属(Al、Zn、Sn、Pbなど)の水酸化物も、過剰の強塩基(NaOHなど)に溶けて錯イオンをつくります。これも配位結合の一種で、配位子がOH−である点が、ここまで見てきたアンミン錯イオンとの違いです。
$\ce{Al(OH)3 + OH- -> [Al(OH)4]-}$
$\ce{Zn(OH)2 + 2OH- -> [Zn(OH)4]^2-}$
このように、「金属の水酸化物や塩化物の沈殿が、特定の試薬を過剰に加えると溶ける」という現象の裏には、必ず配位結合による錯イオンの形成があります。定性分析(無機物質の分析の単元)で金属イオンを分離するときも、この性質が大いに利用されます。
沈殿が過剰のアンモニア水に溶けるかどうかの整理
| 沈殿 | 過剰のアンモニア水 |
|---|---|
| $\ce{Cu(OH)2}$(青白色) | 溶ける([Cu(NH3)4]2+、深青色) |
| $\ce{AgCl}$(白色) | 溶ける([Ag(NH3)2]+、無色) |
| $\ce{Zn(OH)2}$(白色) | 溶ける([Zn(NH3)4]2+、無色) |
| $\ce{Fe(OH)3}$(赤褐色) | 溶けない |
| $\ce{Al(OH)3}$(白色) | 溶けない(過剰のNaOHには溶ける) |
Fe(OH)3やAl(OH)3が過剰のアンモニアに溶けない(=安定なアンミン錯イオンをつくらない)という違いは、次の「無機物質の分析」の単元で、金属イオンを分離する手順の根拠として直接使われます。
例題
例題1(基本)
問題
$\ce{[Cu(NH3)4]^2+}$ について、(1) 配位子の名称、(2) 配位数、(3) この錯イオンの名称をそれぞれ答えよ。
解答・解説を見る
配位子はNH3(アンミン)が4個結合しています。中心金属はCu2+(銅(II)イオン)です。
答え:(1) アンミン (2) 4 (3) テトラアンミン銅(II)イオン
例題2(標準)
問題
塩化銀AgClの白色沈殿に過剰のアンモニア水を加えると、沈殿が溶けて無色の溶液になった。この変化を化学反応式で表し、なぜ沈殿が溶けるのか、配位結合の言葉を用いて説明せよ。
解答・解説を見る
$\ce{AgCl + 2NH3 -> [Ag(NH3)2]+ + Cl-}$
Ag+に2個のNH3分子が持つ非共有電子対が配位結合し、ジアンミン銀(I)イオン$\ce{[Ag(NH3)2]+}$という水に溶けやすい錯イオンができるため、AgClの沈殿は溶解する。
答え:AgCl + 2NH3 → [Ag(NH3)2]+ + Cl-。Ag+がNH3と配位結合してジアンミン銀(I)イオンとなり、水に溶けやすい形に変わるため。
例題3(応用)
問題
水酸化亜鉛Zn(OH)2の白色沈殿は、少量の水酸化ナトリウム水溶液では溶けないが、過剰に加えると溶ける。また、過剰のアンモニア水を加えても溶ける。この2つの反応をそれぞれ化学反応式で表し、生じる錯イオンの名称も答えよ。
解答・解説を見る
過剰のNaOH水溶液を加えた場合(両性水酸化物としての反応):
$\ce{Zn(OH)2 + 2OH- -> [Zn(OH)4]^2-}$
このとき生じる錯イオンはテトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオンです。
過剰のアンモニア水を加えた場合:
$\ce{Zn(OH)2 + 4NH3 -> [Zn(NH3)4]^2+ + 2OH-}$
このとき生じる錯イオンはテトラアンミン亜鉛(II)イオンです。
答え:NaOH過剰 → Zn(OH)2+2OH−→[Zn(OH)4]2−(テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオン)。NH3過剰 → Zn(OH)2+4NH3→[Zn(NH3)4]2++2OH−(テトラアンミン亜鉛(II)イオン)。同じZn(OH)2でも、配位子がOH−かNH3かによって、できる錯イオンも名称もまったく異なる。
練習問題
問題
Fe(OH)3の赤褐色沈殿は、過剰のアンモニア水を加えても溶けない。この事実は、無機物質の分析(定性分析)でFe3+をどのように利用して分離するときの根拠になるか、簡潔に述べよ。
答え
Fe3+はアンモニア水を加えると安定な錯イオンをつくらず、そのままFe(OH)3の沈殿として残るため、過剰のアンモニアで溶けてしまうCu2+やZn2+などとは異なる段階で沈殿として分離できる。