無機化学 / 遷移元素

銀とその化合物

要点整理

銀の反応性 — 銅よりもさらに不活性な金属

イオン化傾向の順序 $\ce{... > Cu > Hg > Ag > Pt > Au}$ が示すとおり、銀は銅よりもさらにイオン化傾向が小さい金属です。したがって銀も希塩酸・希硫酸には溶けず、銅と同じく酸化力のある酸(希硝酸・濃硝酸・熱濃硫酸)によってのみ溶かすことができます。

$\ce{3Ag + 4HNO3 -> 3AgNO3 + NO ^ + 2H2O}\quad\text{(希硝酸)}$

$\ce{Ag + 2HNO3 -> AgNO3 + NO2 ^ + H2O}\quad\text{(濃硝酸)}$

銀の酸化数は、いずれの反応でも $0 \to +1$ に変化し(酸化)、Agイオン(Ag+)になります。銅がCu2+(+2)になったのに対し、銀はAg+(+1)止まりであることに注意しましょう(銀の最も安定な酸化数は+1です)。

ハロゲン化銀の沈殿 — 色と溶解性のちがい

硝酸銀水溶液は、ハロゲン化物イオンを検出するための代表的な試薬です。ハロゲン化銀はいずれも水に溶けにくく、特徴的な色の沈殿をつくります。

ハロゲン化銀 水への溶解性 アンモニア水への溶解性
$\ce{AgCl}$ 白色 溶けにくい 過剰のアンモニア水に溶ける
$\ce{AgBr}$ 淡黄色 溶けにくい 濃いアンモニア水にわずかに溶ける
$\ce{AgI}$ 黄色 極めて溶けにくい 過剰のアンモニア水にも溶けない

$\ce{Ag+ + Cl- -> AgCl v}$

この表の「アンモニア水への溶けやすさ」の違い(AgCl > AgBr > AgI)は、それぞれの沈殿の溶けにくさ(溶解度積の小ささ)の違いをそのまま反映しています。AgIは非常に溶解度積が小さいため、Ag+をアンミン錯イオンとして引き抜く程度のアンモニアの力では、沈殿を崩すことができないのです。

AgClとアンモニア水 — 錯イオン形成による沈殿の溶解

AgClの白色沈殿に過剰のアンモニア水を加えると、沈殿は溶けて無色の溶液になります。

$\ce{AgCl + 2NH3 -> [Ag(NH3)2]+ + Cl-}$

これは、Ag+にアンモニア分子が2個配位結合してジアンミン銀(I)イオンという直線形の錯イオンができ、溶液中に安定に溶け込むためです。銅のところで学んだテトラアンミン銅(II)イオンと同じく、「沈殿が過剰の配位子によって錯イオンとなり溶け出す」という現象のもう1つの例になっています。

感光性 — ハロゲン化銀が光で分解する

ハロゲン化銀、特にAgClやAgBrは光を当てると分解し、銀の微粒子(黒色~灰色)を生じます。

$\ce{2AgCl ->[\text{光}] 2Ag + Cl2}$

Ag+の酸化数は $+1 \to 0$ に下がる(還元される)反応で、光のエネルギーによって電子が供給されることで進みます。この感光性は、かつて写真フィルムの感光剤としてAgBrが利用されてきた原理そのものです。

銀イオンのその他の反応

水酸化ナトリウム水溶液を加えると、不安定なAgOHがすぐに脱水して褐色の酸化銀(I)の沈殿を生じます。

$\ce{2Ag+ + 2OH- -> Ag2O v + H2O}$

また、硫化水素を通じると、非常に溶解度積の小さい黒色の硫化銀の沈殿を生じます。これは空気中のわずかな硫化水素で銀食器が黒く変色する(いわゆる「銀の変色」)原因でもあります。

$\ce{2Ag+ + S^2- -> Ag2S v}$

銀鏡反応との関連 — 錯イオンが酸化剤になる例

有機化学で学ぶ銀鏡反応は、アルデヒド基$\ce{-CHO}$を持つ化合物を検出する反応として重要ですが、その主役はまさにこの単元で学んだジアンミン銀(I)イオンです。アンモニア性硝酸銀水溶液(トレンス試薬)中の$\ce{[Ag(NH3)2]+}$が酸化剤としてはたらき、アルデヒドをカルボン酸(の塩)に酸化すると同時に、自身は還元されて銀の単体として析出します。

$\ce{CH3CHO + 2Ag(NH3)2OH -> CH3COONH4 + 2Ag v + 3NH3 + H2O}$

ここでもAgの酸化数は $+1 \to 0$ に下がっており(還元)、アルデヒド側の炭素の酸化数は上がっています(酸化)。つまり銀鏡反応も、この単元で学んだ「Ag+は酸化剤としてはたらき、還元されて銀の単体になる」という性質の応用例だと言えます。錯イオンをつくることで、Ag+は水溶液中で安定に、かつ適度な酸化力を保って存在できるのです。

例題

例題1(基本)

問題

Cl−、Br−、I−をそれぞれ含む3つの水溶液に、硝酸銀水溶液を加えたときに生じる沈殿の化学式と色をそれぞれ答えよ。

解答・解説を見る

いずれもAg+とハロゲン化物イオンが結びついて、水に溶けにくいハロゲン化銀の沈殿を生じます。

$\ce{Ag+ + Cl- -> AgCl v}\text{(白色)}$

$\ce{Ag+ + Br- -> AgBr v}\text{(淡黄色)}$

$\ce{Ag+ + I- -> AgI v}\text{(黄色)}$

答え:$\ce{AgCl}$(白色)、$\ce{AgBr}$(淡黄色)、$\ce{AgI}$(黄色)

例題2(標準)

問題

AgCl、AgBr、AgIの白色~黄色の沈殿がそれぞれ入った3本の試験管がある。これらに過剰のアンモニア水を加えたとき、溶けるものと溶けないものに分かれた。どのように分かれるか、理由とあわせて答えよ。

解答・解説を見る

AgClは過剰のアンモニア水に溶けて無色の溶液になります($\ce{AgCl + 2NH3 -> [Ag(NH3)2]+ + Cl-}$)。AgBrはわずかに溶ける程度で、AgIはほとんど溶けません。

これは、AgCl・AgBr・AgIの順に沈殿がより溶けにくく(溶解度積が小さく)なっていくためで、AgIほど沈殿を安定に保とうとする力が強いと、アンモニアが銀イオンを錯イオンとして引き抜く力では太刀打ちできなくなります。

答え:AgClはよく溶ける、AgBrはわずかに溶ける、AgIはほとんど溶けない。溶解度積がAgCl>AgBr>AgIの順に小さくなるため。

例題3(応用)

問題

AgClの白色沈殿を光の当たる場所に長時間置いておくと、色が変化した。この変化を化学反応式で表し、銀の酸化数の変化を述べよ。

解答・解説を見る

光のエネルギーによってAgClが分解し、黒っぽい銀の微粒子が生じます。

$\ce{2AgCl ->[\text{光}] 2Ag + Cl2}$

銀の酸化数は、AgCl中の$+1$から単体のAgの$0$に変化しており、還元されたことになります。

答え:$\ce{2AgCl ->[\text{光}] 2Ag + Cl2}$。Agの酸化数は+1から0に減少し、還元された。

練習問題

問題

銀鏡反応で、アンモニア性硝酸銀水溶液中の銀イオンはどのような役割を果たしているか、酸化・還元の言葉を使って簡潔に説明せよ。

答え

酸化剤としてはたらき、アルデヒドを酸化すると同時に自身は還元されて、銀(酸化数0)の単体として析出する。