有機化学 / 芳香族化合物

芳香族アミン(アニリン)

要点整理

アニリンとその塩基性

アニリン $\ce{C6H5-NH2}$ は、ベンゼン環にアミノ基($\ce{-NH2}$)が直接結合した、最も基本的な芳香族アミンです。アミノ基の窒素原子は非共有電子対をもっており、この電子対が水素イオンを受け取ることで、アニリンは塩基としてはたらきます。

$\ce{C6H5NH2 + H2O <=> C6H5NH3+ + OH-}$

ただし、アニリンの塩基性は、アンモニア($\ce{NH3}$)や、鎖式のアミン(例:メチルアミン $\ce{CH3NH2}$)に比べてかなり弱いという特徴があります。

この理由は、フェノールの酸性が強くなる理由と、まったく同じしくみ(電子の非局在化)で説明できます。アニリンの窒素原子上の非共有電子対は、ベンゼン環の非局在化した $\pi$ 電子系に一部引き込まれています。電子対がベンゼン環側に分散してしまうと、その分だけ水素イオンを受け取る能力(塩基性)は弱まります。一方、アンモニアやメチルアミンの窒素原子には、電子対を引き込むようなベンゼン環がないため、非共有電子対はまるごと窒素原子上に残っており、水素イオンを受け取りやすい(塩基性が強い)のです。

フェノールとアニリンのつながり:フェノールの酸素の非共有電子対がベンゼン環に非局在化する → 電離した後の陰イオンが安定化 → 酸性が強くなる。アニリンの窒素の非共有電子対がベンゼン環に非局在化する → 水素イオンを受け取る能力そのものが弱まる → 塩基性が弱くなる。「電子対がベンゼン環に引き込まれる」という同じ現象が、フェノールでは酸性を強め、アニリンでは塩基性を弱める、逆向きの効果として現れている点に注目しましょう。

ニトロベンゼンの還元によるアニリンの製法

アニリンは、工業的にも実験室的にも、ニトロベンゼンの還元によってつくられます。代表的な方法は、スズ(または鉄)と塩酸を還元剤として用いる方法です。

$\ce{2C6H5NO2 + 3Sn + 14HCl -> 2C6H5NH3Cl + 3SnCl4 + 4H2O}$

この反応では、ニトロ基($\ce{-NO2}$)がアミノ基($\ce{-NH2}$)へと還元されますが、溶液が強い酸性(塩酸)であるため、生成したアニリンはただちに水素イオンを受け取り、アニリン塩酸塩(塩化フェニルアンモニウム) $\ce{C6H5NH3Cl}$ の形で存在します。

目的のアニリン(遊離のアミン)を取り出すには、この塩に水酸化ナトリウムのような強塩基を加えます。アニリンは弱塩基なので、強塩基によって押し出され、遊離します。

$\ce{C6H5NH3Cl + NaOH -> C6H5NH2 + NaCl + H2O}$

このように、「還元してアニリン塩をつくる」→「強塩基でアニリンを遊離させる」という2段階の操作で、ニトロベンゼンからアニリンが得られます。

アニリンの反応

アニリンは弱塩基なので、塩酸のような強酸と反応して塩をつくります。

$\ce{C6H5NH2 + HCl -> C6H5NH3Cl}$

また、アニリンのアミノ基は、無水酢酸によってアセチル化され、アセトアニリドとよばれるアミド(酸アミド)を生じます。

$\ce{C6H5NH2 + (CH3CO)2O -> C6H5NHCOCH3 + CH3COOH}$

さらに、アニリンはベンゼン環がアミノ基によって強く活性化されているため、触媒なしでも臭素水と反応し、白色沈殿(2,4,6-トリブロモアニリン)を生じます。これは、フェノールが臭素水によって白色沈殿(2,4,6-トリブロモフェノール)を生じる反応とよく似た検出反応です。

$\ce{C6H5NH2 + 3Br2 -> C6H2Br3NH2 v + 3HBr}$

アニリンブラック

アニリンを酸化すると、アニリンブラックとよばれる黒色の染料・顔料が得られます。アニリンブラックは、綿などの繊維を直接染色するのに用いられ、堅牢な黒色染料として古くから利用されてきました。アニリンが工業的に重要な化合物である理由の一つが、この染料としての用途です。

例題

例題1(基本)

問題

アニリンの塩基性が、アンモニアの塩基性よりも弱い理由を、電子の非局在化という観点から説明せよ。

解答・解説を見る

塩基としての強さは、窒素原子上の非共有電子対が、どれだけ水素イオンを受け取りやすい状態にあるかで決まる。

アンモニア $\ce{NH3}$ の窒素原子上の非共有電子対は、他のどこにも引き込まれることなく、そのまま窒素原子上に存在しているため、水素イオンを受け取りやすい。

一方、アニリン $\ce{C6H5NH2}$ の窒素原子は、非局在化した $\pi$ 電子系をもつベンゼン環に直接結合している。窒素原子上の非共有電子対の一部が、このベンゼン環の $\pi$ 電子系に引き込まれる(非局在化する)ため、水素イオンを受け取るために使える電子対の「密度」が下がってしまう。

その結果、アニリンはアンモニアに比べて水素イオンを受け取りにくくなり、塩基性が弱くなる。

答え:アニリンの窒素原子の非共有電子対は、ベンゼン環の $\pi$ 電子系に一部引き込まれて非局在化するため、水素イオンを受け取る能力が下がり、アンモニアより塩基性が弱くなる。

例題2(標準)

問題

ニトロベンゼンをスズと塩酸で還元してアニリンを得る実験について、(1)還元後の溶液中でアニリンがどのような形で存在しているか、(2)そこから遊離のアニリンを取り出すにはどうすればよいか、を説明せよ。

解答・解説を見る

(1) 還元後の溶液中の状態

還元反応は塩酸(強酸)の中で行われるため、還元によって生じたアニリンは、ただちに溶液中の水素イオンを受け取り、アニリン塩酸塩(塩化フェニルアンモニウム) $\ce{C6H5NH3Cl}$ というイオン性の塩の形で溶液中に存在している。

(2) 遊離のアニリンの取り出し方

アニリンは弱塩基であり、アニリン塩酸塩は「弱塩基と強酸の塩」にあたる。ここに水酸化ナトリウムのような強塩基を加えると、強塩基が弱塩基よりも優先的に酸(水素イオン)と結びつくため、アニリンが遊離する。

$\ce{C6H5NH3Cl + NaOH -> C6H5NH2 + NaCl + H2O}$

遊離したアニリンは水に溶けにくいため、油状の物質として分離して取り出すことができる。

答え:(1) アニリン塩酸塩 $\ce{C6H5NH3Cl}$ の形で存在する。(2) 水酸化ナトリウムなどの強塩基を加えることで、弱塩基であるアニリンが遊離する。

例題3(応用)

問題

フェノールとアニリンは、どちらも「ベンゼン環に直接結合した官能基の非共有電子対(または結合電子)が環に非局在化する」という共通のしくみをもつが、その効果は一方では酸性を強め、他方では塩基性を弱めるという逆の結果になっている。この違いが生じる理由を説明せよ。

解答・解説を見る

フェノールの場合、注目しているのは「電離した後の陰イオン(フェノキシドイオン)の安定性」である。酸素上の負電荷がベンゼン環に非局在化することで陰イオンが安定化され、電離(酸としてはたらくこと)が起こりやすくなる。つまり、非局在化は電離した後の生成物を安定化することで、酸性を強める方向にはたらく。

アニリンの場合、注目しているのは「窒素原子が水素イオンを受け取る前の、非共有電子対そのものの使いやすさ」である。窒素上の非共有電子対がベンゼン環に非局在化してしまうと、水素イオンを受け取るために使える電子の密度そのものが下がる。つまり、非局在化は反応(水素イオンを受け取ること)が起こる前の状態から電子を奪うことで、塩基性を弱める方向にはたらく。

同じ「ベンゼン環への電子の非局在化」という現象でも、それが「反応後の生成物を安定化する」のか「反応前の反応点そのものを弱める」のかによって、結果として酸性を強めたり塩基性を弱めたりと、逆の効果として現れる。

答え:フェノールでは非局在化が電離後の陰イオンを安定化し酸性を強めるのに対し、アニリンでは非局在化が水素イオンを受け取る前の非共有電子対そのものを弱め、塩基性を弱める。着目している段階(反応後の生成物か、反応前の電子対か)が異なるため、逆の効果として現れる。

練習問題

問題

アニリンに希塩酸を加えるとよく溶けたが、この水溶液に水酸化ナトリウム水溶液を過剰に加えると、再び油状の物質が分離してきた。この一連の変化を、化学反応式を2つ用いて説明せよ。

答え

アニリンは弱塩基だが、希塩酸(強酸)と反応して水に溶けやすい塩(アニリン塩酸塩)になる。

$\ce{C6H5NH2 + HCl -> C6H5NH3Cl}$

ここに過剰の水酸化ナトリウムを加えると、強塩基によってアニリンが遊離し、水に溶けにくい油状のアニリンとして分離する。

$\ce{C6H5NH3Cl + NaOH -> C6H5NH2 + NaCl + H2O}$