有機化学 / 官能基を持つ脂肪族化合物
エステルと油脂
要点整理
エステル化と加水分解:可逆反応としてのつながり
カルボン酸とアルコールに、少量の濃硫酸を触媒として加えて温めると、両者から水がとれてエステルが生成します。この反応をエステル化といいます。
$\ce{CH3COOH + C2H5OH <=>[濃硫酸] CH3COOC2H5 + H2O}$
エステル化で重要な点は、この反応が一方向には進みきらない可逆反応であることです。生成した水やエステルが十分にあれば、逆向きの反応(エステルが酸とアルコールに戻る反応、加水分解)も同時に進み、やがて正反応と逆反応の速さが等しくなる平衡状態に達します。そのため、エステル化を行っても、原料のカルボン酸とアルコールがすべてエステルに変わるわけではありません。
この平衡は、ルシャトリエの原理と同じ考え方で操作できます。例えば、生成した水を反応系から取り除いたり、アルコールを大過剰に加えたりすると、平衡は右(エステルが増える方向)に移動し、エステルの生成量(収率)を増やすことができます。逆に、エステルに水を加えて酸を触媒に加水分解を行うと、同じ平衡が左向きに進み、もとのカルボン酸とアルコールに戻ります。
けん化:不可逆的な加水分解
エステルに水酸化ナトリウムのような強塩基の水溶液を加えて加水分解する反応を、特にけん化といいます。
$\ce{CH3COOC2H5 + NaOH -> CH3COONa + C2H5OH}$
けん化がエステル化の単純な逆反応と異なるのは、生成物であるカルボン酸が、そのままの形ではなく**カルボン酸の塩(カルボン酸イオン)として得られる点です。カルボン酸イオン $\ce{CH3COO-}$ は、酸である $\ce{CH3COOH}$ に比べて反応性が低く、アルコールと再びエステル化を起こしにくいため、けん化は実質的に不可逆(一方向)**に進みます。この「生成物が引き続き反応しにくい形で安定化される」という点が、可逆平衡であるエステル化・酸触媒での加水分解と、不可逆に進むけん化とを区別する鍵になります。
油脂:グリセリンと高級脂肪酸のエステル
油脂は、3つのヒドロキシ基を持つアルコールであるグリセリン(1,2,3-プロパントリオール、$\ce{C3H5(OH)3}$)1分子と、炭素数の多いカルボン酸である高級脂肪酸3分子が、エステル結合した化合物(トリグリセリド)です。
$\ce{C3H5(OH)3 + 3 R-COOH -> C3H5(OOCR)3 + 3H2O}$
代表的な高級脂肪酸には、次のようなものがあります。二重結合(不飽和結合)を持つ脂肪酸ほど、分子の形が「くの字」に折れ曲がるため分子どうしが密に並びにくく、分子間力が弱くなって融点が低くなる傾向があります。
| 脂肪酸 | 示性式 | 二重結合の数 | 常温での状態(単独の場合) |
|---|---|---|---|
| パルミチン酸 | $\ce{C15H31COOH}$ | 0(飽和) | 固体 |
| ステアリン酸 | $\ce{C17H35COOH}$ | 0(飽和) | 固体 |
| オレイン酸 | $\ce{C17H33COOH}$ | 1 | 液体 |
| リノール酸 | $\ce{C17H31COOH}$ | 2 | 液体 |
| リノレン酸 | $\ce{C17H29COOH}$ | 3 | 液体 |
飽和脂肪酸を多く含む油脂は常温で固体になりやすく(脂肪と呼ばれる)、不飽和脂肪酸を多く含む油脂は常温で液体になりやすい(脂肪油と呼ばれる)傾向があります。不飽和度の高い液体の油(脂肪油)に、ニッケル触媒のもとで水素を付加させると、二重結合が減って固体の油脂(硬化油)に変えることができます。
けん化価とヨウ素価
油脂の性質を数値で表す指標として、けん化価とヨウ素価がよく使われます。
けん化価は、油脂 $1\ \mathrm{g}$ を完全にけん化するのに必要な水酸化カリウム $\ce{KOH}$ の質量を $\mathrm{mg}$ 単位で表した値です。油脂を構成する脂肪酸の分子量が小さいほど、同じ質量の油脂に含まれるエステル結合の物質量(モル数)が多くなるため、けん化に必要な $\ce{KOH}$ も多く必要になります。したがって、けん化価が大きいほど、その油脂を構成する脂肪酸の平均分子量は小さいと判断できます。
ヨウ素価は、油脂 $100\ \mathrm{g}$ に付加することができるヨウ素 $\ce{I2}$ の質量を $\mathrm{g}$ 単位で表した値です。ヨウ素は油脂の中の炭素間二重結合に付加するため、ヨウ素価が大きいほど、その油脂を構成する脂肪酸の不飽和度(二重結合の数)が高いことを意味します。ヨウ素価の高い油脂(乾性油)は、空気中の酸素と反応しやすく固化しやすい性質を持ちます。
例題
例題1(基本)
問題
酢酸とメタノールから、酸触媒のもとでエステルが生成する反応を、化学反応式(可逆反応であることがわかるように)で書け。また、この反応で得られるエステルの名称を答えよ。
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カルボン酸とアルコールから水がとれてエステルができる、エステル化の反応です。
$\ce{CH3COOH + CH3OH <=>[濃硫酸] CH3COOCH3 + H2O}$
生成するエステル $\ce{CH3COOCH3}$ は、酢酸由来の部分(アセチル)とメタノール由来の部分(メチル)からなる酢酸メチルです。
答え:$\ce{CH3COOH + CH3OH <=> CH3COOCH3 + H2O}$、生成するエステルは酢酸メチル
例題2(標準)
問題
酢酸エチル $\ce{CH3COOC2H5}$(分子量 $88$)$8.8\ \mathrm{g}$ を、水酸化ナトリウム水溶液でけん化したい。過不足なく反応させるために必要な水酸化ナトリウム(式量 $40$)は何gか。また、この反応で生じるアルコールの名称を答えよ。
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けん化の反応式は、
$\ce{CH3COOC2H5 + NaOH -> CH3COONa + C2H5OH}$
であり、エステルと $\ce{NaOH}$ は $1:1$ の物質量比で反応します。酢酸エチルの物質量は、
$n(\text{酢酸エチル}) = \frac{8.8}{88} = 0.1\ \mathrm{mol}$
必要な $\ce{NaOH}$ も同じく $0.1\ \mathrm{mol}$ なので、その質量は、
$0.1\times 40 = 4.0\ \mathrm{g}$
生じるアルコールは、エチル基由来のエタノール $\ce{C2H5OH}$ です。
答え:必要な水酸化ナトリウムは $4.0\ \mathrm{g}$。生じるアルコールはエタノール。
例題3(応用)
問題
ある油脂(トリステアリン、グリセリンとステアリン酸のみからなるエステル)$1\ \mathrm{mol}$ を完全にけん化するために必要な水酸化ナトリウムは何molか。また、この油脂にヨウ素は付加するか、理由とともに答えよ。
解答・解説を見る
けん化に必要なNaOH
油脂はグリセリン1分子と脂肪酸3分子がエステル結合した構造(3か所のエステル結合)を持つので、けん化には脂肪酸の数と同じ3分子分の塩基が必要です。
$\ce{C3H5(OOC-C17H35)3 + 3NaOH -> C3H5(OH)3 + 3 C17H35COONa}$
油脂 $1\ \mathrm{mol}$ に対して、必要な $\ce{NaOH}$ は $3\ \mathrm{mol}$ です。
ヨウ素の付加
ステアリン酸 $\ce{C17H35COOH}$ は二重結合を持たない飽和脂肪酸です。トリステアリンはこの飽和脂肪酸のみからできた油脂なので、炭素間二重結合を持たず、ヨウ素は付加しません(ヨウ素価は非常に小さい値になります)。
答え:必要な水酸化ナトリウムは $3\ \mathrm{mol}$。トリステアリンは飽和脂肪酸(ステアリン酸)のみからなり二重結合を持たないため、ヨウ素は付加しない。
練習問題
問題
2種類の油脂A、Bがあり、Aはけん化価がBより大きく、ヨウ素価はAとBでほぼ同じであった。AとBを構成する脂肪酸について、どのようなことがいえるか、けん化価の意味にもとづいて簡潔に説明せよ。
答え
けん化価は、油脂を構成する脂肪酸の平均分子量が小さいほど大きくなる。したがって、けん化価がBより大きいAは、Bよりも平均分子量の小さい(炭素数の少ない)脂肪酸からできていると考えられる。(ヨウ素価がほぼ同じであることから、不飽和度(二重結合の数)についてはAとBで大きな差はないと考えられる。)