有機化学 / 芳香族化合物

有機化合物の分離(酸塩基抽出)

要点整理

抽出による分離の基本方針

安息香酸(酸性)・フェノール(酸性)・アニリン(塩基性)・トルエン(中性)のように、酸性・塩基性・中性の性質が異なる有機化合物が混ざった混合物がある場合、これらをジエチルエーテルに溶かし、酸性の水溶液・塩基性の水溶液を使い分けて抽出することで、1種類ずつ分離することができます。

この操作の基本方針は、次の1点に尽きます。

中性分子のままだとエーテル(有機溶媒)によく溶け、イオン(塩)になると水によく溶けるようになる。

酸性・塩基性の化合物は、適切な水溶液と反応してイオン性の塩に変わると、水層に移ります。中性の化合物は、酸や塩基のどちらと反応してもイオンにならないため、常にエーテル層に残り続けます。この性質の違いを利用して、混合物を1種類ずつ水層に「引っ張り出して」いくのが、酸塩基抽出による分離操作の考え方です。

分液漏斗を使う際は、ジエチルエーテル(密度 約 $0.71\ \mathrm{g/cm^3}$)は水(密度 $1.0\ \mathrm{g/cm^3}$)より軽く、水と混じり合わないため、上層がエーテル層、下層が水層になることも覚えておきましょう。

塩基の強さを利用した順序立てた分離

安息香酸(カルボン酸)、フェノール、アニリン、トルエン(中性物質)の4種類がジエチルエーテルに溶けた混合物を例に、分離の手順を考えます。ポイントは、酸の強さ・塩基の強さの序列を利用して、1つずつ順番に水層へ移していくことです。

手順1:希塩酸を加えて、塩基性物質(アニリン)を分離する

まず希塩酸を加えて振り混ぜます。塩基性のアニリンだけが酸と反応してアニリン塩酸塩(イオン性の塩)になり、水層に移ります。フェノールと安息香酸は酸性、トルエンは中性なので、希塩酸とは反応せず、エーテル層に残ります。

$\ce{C6H5NH2 + HCl -> C6H5NH3Cl}\ (\text{水層へ})$

分離した水層に水酸化ナトリウムを加えれば、アニリンが遊離して回収できます。

手順2:炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて、カルボン酸(安息香酸)を分離する

残ったエーテル層(フェノール・安息香酸・トルエン)に、今度は炭酸水素ナトリウム水溶液を加えます。安息香酸は炭酸より強い酸なので反応して水層に移りますが、フェノールは炭酸より弱い酸なので反応せず、エーテル層に残ります。

$\ce{C6H5COOH + NaHCO3 -> C6H5COONa + H2O + CO2 ^}\ (\text{水層へ})$

分離した水層に希塩酸を加えれば、安息香酸が遊離して回収できます。

手順3:水酸化ナトリウム水溶液を加えて、フェノールを分離する

残ったエーテル層(フェノール・トルエン)に、水酸化ナトリウム水溶液を加えます。フェノールは弱酸ながら強塩基であるNaOHとは反応するため、水層に移ります。中性のトルエンは、強塩基とも反応しないため、エーテル層に残ります。

$\ce{C6H5OH + NaOH -> C6H5ONa + H2O}\ (\text{水層へ})$

分離した水層に希塩酸を加えれば、フェノールが遊離して回収できます。

手順4:残ったエーテル層から中性物質(トルエン)を回収する

最後に残ったエーテル層には、酸・塩基のどちらとも反応しなかったトルエンだけが残っています。エーテルを蒸発させれば、トルエンを取り出せます。

手順を図式化すると

  • 混合物(エーテル層:アニリン・フェノール・安息香酸・トルエン)
    • ↓ 希塩酸を加える
    • 水層:アニリン塩酸塩 / エーテル層:フェノール・安息香酸・トルエン
      • ↓ 炭酸水素ナトリウム水溶液を加える
      • 水層:安息香酸ナトリウム / エーテル層:フェノール・トルエン
        • ↓ 水酸化ナトリウム水溶液を加える
        • 水層:ナトリウムフェノキシド / エーテル層:トルエン

なぜこの順番でなければならないのか

この分離操作で最も重要なのは、「弱い反応から先に行う」順番です。もし最初に強塩基である水酸化ナトリウムを加えてしまうと、フェノールだけでなく安息香酸も同時に反応して水層に移ってしまい、フェノールと安息香酸を分離できなくなります。

$\ce{C6H5OH + NaOH -> C6H5ONa + H2O}$

$\ce{C6H5COOH + NaOH -> C6H5COONa + H2O}$

炭酸水素ナトリウムは、安息香酸(炭酸より強い酸)とは反応しますが、フェノール(炭酸より弱い酸)とは反応しません。この「反応する・しない」の差を利用できるのは、炭酸水素ナトリウムを先に使った場合だけです。したがって、酸としての強さの強い方から順に取り出すのではなく、弱い塩基(炭酸水素ナトリウム)から強い塩基(水酸化ナトリウム)へと、段階的に反応条件を強くしていくことで、1種類ずつ選択的に水層へ移すことができるのです。

例題

例題1(基本)

問題

安息香酸とトルエンが溶けたジエチルエーテル溶液がある。この混合物から安息香酸だけを分離するには、どのような操作を行えばよいか、簡潔に説明せよ。

解答・解説を見る

安息香酸は酸性、トルエンは中性の化合物である。この混合物に塩基性の水溶液(炭酸水素ナトリウム水溶液、または水酸化ナトリウム水溶液)を加えて振り混ぜると、安息香酸だけが反応してイオン性の塩(安息香酸ナトリウム)となり、水層に移る。トルエンは中性なので反応せず、エーテル層に残る。

分液漏斗で水層とエーテル層を分け、水層に希塩酸を加えて酸性にすれば、安息香酸が遊離し、回収できる。

答え:炭酸水素ナトリウム水溶液(または水酸化ナトリウム水溶液)を加えて安息香酸を水層に移して分離し、水層に希塩酸を加えて安息香酸を遊離させて回収する。

例題2(標準)

問題

フェノールと安息香酸が溶けたジエチルエーテル溶液に、まず炭酸水素ナトリウム水溶液を加えて振り混ぜた。その後、水層とエーテル層をどのように分けられるか、それぞれの層に含まれる物質を答えよ。

解答・解説を見る

安息香酸は炭酸よりも強い酸であるため、炭酸水素ナトリウムと反応して水に溶けやすい安息香酸ナトリウムとなり、水層に移る。

$\ce{C6H5COOH + NaHCO3 -> C6H5COONa + H2O + CO2 ^}$

一方、フェノールは炭酸よりも弱い酸であるため、炭酸水素ナトリウムとは反応せず、中性分子のままエーテル層に残る。

答え:水層には安息香酸ナトリウムが移り、エーテル層にはフェノールが(反応せずに)残る。

例題3(応用)

問題

アニリン、フェノール、安息香酸、トルエンの4種類が溶けたジエチルエーテル溶液がある。これら4種類をすべて分離するために、どのような順序でどの試薬を加えればよいか、理由とともに説明せよ。

解答・解説を見る

4種類の物質は、塩基性(アニリン)、炭酸より強い酸(安息香酸)、炭酸より弱い酸(フェノール)、中性(トルエン)と、酸・塩基としての性質がすべて異なっている。この性質の違いを、弱い反応から順に利用して1種類ずつ分離する。

  1. 希塩酸を加える:塩基性のアニリンだけがアニリン塩酸塩となり水層へ移る。フェノール・安息香酸・トルエンはエーテル層に残る。
  2. 炭酸水素ナトリウム水溶液を加える:炭酸より強い酸である安息香酸だけが反応し、安息香酸ナトリウムとなって水層へ移る。フェノール(炭酸より弱い酸)とトルエンはエーテル層に残る。
  3. 水酸化ナトリウム水溶液を加える:フェノールが反応し、ナトリウムフェノキシドとなって水層へ移る。中性のトルエンだけがエーテル層に残る。
  4. 最後に残ったエーテル層からエーテルを蒸発させ、トルエンを回収する。

それぞれの水層には、対応する強酸(希塩酸など)を加えることで、アニリン・安息香酸・フェノールをそれぞれ遊離させて回収できる。

もし手順を入れ替えて水酸化ナトリウムを先に使うと、フェノールと安息香酸が同時に水層へ移ってしまい、この2つを分離できなくなる。弱い塩基(炭酸水素ナトリウム)から強い塩基(水酸化ナトリウム)へと、段階的に条件を強めていく順序が重要である。

答え:希塩酸→炭酸水素ナトリウム水溶液→水酸化ナトリウム水溶液の順に加え、その都度水層に移った物質を分離する。反応する条件が弱いもの(強塩基でしか反応しないフェノールより先に、より強い酸である安息香酸)から順に取り出すことで、1種類ずつ選択的に分離できる。

練習問題

問題

ニトロベンゼン(中性)とアニリン(塩基性)が溶けたジエチルエーテル溶液がある。この混合物からアニリンだけを分離する操作を、簡潔に説明せよ。

答え

希塩酸を加えて振り混ぜると、アニリンだけが反応してアニリン塩酸塩(水溶性の塩)となり水層に移る。ニトロベンゼンは中性なので反応せず、エーテル層に残る。分離した水層に水酸化ナトリウム水溶液を加えると、アニリンが遊離し、回収できる。