無機化学 / 非金属元素

窒素・リンとその化合物

要点整理

窒素 N2 の安定性

空気の体積の約78%を占める窒素分子 $\mathrm{N_2}$ は、2つの窒素原子が三重結合($\mathrm{N \equiv N}$)で結びついた、非常に安定な分子です。三重結合は結合エネルギーが極めて大きいため、常温・常圧では他の物質とほとんど反応しません。この安定性のおかげで、窒素は大気中にそのまま大量に存在し続けることができています。

一方でこの安定性は、窒素をアンモニアや硝酸などの有用な化合物に変える(=窒素を「固定」する)ことの難しさも意味します。工業的に窒素を化合物に変える技術は、20世紀初頭まで人類にとって大きな課題でした。

アンモニアの製法:ハーバー・ボッシュ法

窒素と水素から直接アンモニアを合成する反応は、次のような可逆反応です。

$\ce{N2 + 3H2 <=> 2NH3}$

この反応は発熱反応であり、また左辺の気体分子数(4分子)が右辺(2分子)より多いという特徴があります。化学(平衡)で学ぶルシャトリエの原理から考えると、

  • 圧力を高くするほど、気体分子数が減る右向き(アンモニア生成の向き)に平衡が移動し、収率が上がる。
  • 温度を低くするほど、発熱反応である右向きに平衡が移動し、収率の面では有利になる。

しかし温度を下げすぎると反応速度が著しく低下し、平衡に達するまでに時間がかかりすぎて実用になりません。そこで実際の工業プロセス(ハーバー・ボッシュ法)では、鉄を主成分とする触媒を用いて反応速度を確保しつつ、高圧(数百気圧)・中程度の高温(約400〜600℃)という、収率と反応速度の折り合いをつけた条件で操業されています。触媒は平衡の位置そのものは変えず、平衡に達するまでの時間を短縮するだけである点にも注意しましょう。

アンモニアの実験室的製法と性質

実験室では、塩化アンモニウムと水酸化カルシウムの固体混合物を加熱してアンモニアを発生させます。

$\ce{2NH4Cl + Ca(OH)2 -> CaCl2 + 2NH3 ^ + 2H2O}$

これは、弱塩基であるアンモニアの塩(塩化アンモニウム)に、より強い塩基(水酸化カルシウム)を加えることで、弱塩基が遊離するという酸・塩基の基本パターンです。

アンモニアは無色・刺激臭の気体で、非常に水に溶けやすく(1体積の水に約700体積も溶ける)、空気より軽いという性質があります。そのため捕集には上方置換を用います(水に溶けやすいため水上置換は使えず、空気より軽いため下方置換も使えません)。また塩基性の気体であるため、乾燥剤にも注意が必要です。濃硫酸のような酸性の乾燥剤は中和反応でアンモニアと反応してしまうため使えません。塩化カルシウムも一見中性ですが、アンモニアと反応して付加化合物 $\mathrm{CaCl_2 \cdot 8NH_3}$ をつくってしまうため使用できず、実際には塩基性の乾燥剤であるソーダ石灰を用います。

硝酸の製法:オストワルト法

硝酸は、アンモニアを段階的に酸化していくオストワルト法によって工業的に製造されます。

  1. 白金を触媒として、アンモニアを空気中の酸素で酸化し、一酸化窒素を得る。

$\ce{4NH3 + 5O2 ->[Pt] 4NO + 6H2O}$

  1. 一酸化窒素をさらに酸素と反応させ、二酸化窒素にする。

$\ce{2NO + O2 -> 2NO2}$

  1. 二酸化窒素を温水に吸収させ、硝酸を得る(生成した一酸化窒素は工程2に戻して再利用する)。

$\ce{3NO2 + H2O -> 2HNO3 + NO}$

この一連の反応で、窒素原子の酸化数は、アンモニア中の $-3$ から、一酸化窒素の $+2$、二酸化窒素の $+4$、硝酸の $+5$ へと段階的に上昇していきます。ハーバー・ボッシュ法で窒素を「還元」してアンモニアにし、オストワルト法でそれを再び「酸化」して硝酸に戻すという、窒素の酸化数を上げ下げする一連の工業化学の流れとして捉えると理解しやすくなります。

硝酸の性質と金属との反応

硝酸は強酸であると同時に、硝酸イオン $\mathrm{NO_3^-}$ 自体に強い酸化力があるため、イオン化傾向が水素より小さい銅や銀とも反応するという特徴があります(この点は塩酸や希硫酸とは異なります)。濃度によって発生する気体が異なります。

$\ce{3Cu + 8HNO3(希) -> 3Cu(NO3)2 + 2NO ^ + 4H2O}$

$\ce{Cu + 4HNO3(濃) -> Cu(NO3)2 + 2NO2 ^ + 2H2O}$

希硝酸からは無色の一酸化窒素(空気中で酸素とすぐ反応し、赤褐色の二酸化窒素に変わる)、濃硝酸からは直接赤褐色の二酸化窒素が発生します。

一方で、鉄・アルミニウム・ニッケルは、常温の濃硝酸には溶けません。これは、これらの金属の表面がただちに酸化されて緻密な酸化被膜(不動態)をつくり、内部が保護されて反応が進まなくなるためです。「濃硝酸だから酸化力が強くてよく溶ける」と短絡的に考えると誤るので注意しましょう。

リンの同素体

リンにも硫黄と同様に複数の同素体があります。

同素体 特徴
黄リン(白リン) $\mathrm{P_4}$ 分子からなる。猛毒で、空気中で自然発火するため水中に保存する。
赤リン 多数のP原子が共有結合で連なった構造。黄リンより安定で毒性が低く、マッチの側薬に利用される。

リンを空気中で燃焼させると、十酸化四リンが得られます。

$\ce{4P + 5O2 -> P4O10}$

十酸化四リンは水と反応してリン酸(オルトリン酸)を生じる酸性酸化物です。

$\ce{P4O10 + 6H2O -> 4H3PO4}$

例題

例題1(基本)

問題

窒素と水素からアンモニアを合成する反応は可逆反応であり、発熱反応である。この反応の収率を上げるためには、圧力・温度をそれぞれどのようにすればよいか、ルシャトリエの原理を用いて説明せよ。また、実際の工業プロセス(ハーバー・ボッシュ法)で、理論上有利な低温を採用しない理由を述べよ。

解答・解説を見る

$\ce{N2 + 3H2 <=> 2NH3}$ は、左辺が4分子、右辺が2分子であり、気体分子数が減少する発熱反応です。ルシャトリエの原理により、圧力を高くすると気体分子数の少ない右辺(アンモニア生成)向きに平衡が移動し、温度を低くすると発熱反応である右向きに平衡が移動するため、どちらも収率の向上に有利です。しかし温度を下げすぎると反応速度が非常に遅くなり、平衡に達するまでに実用的でないほど長い時間がかかってしまいます。そのため実際には、鉄を主成分とする触媒を用いて反応速度を確保しながら、高圧・中程度の高温という条件で操業されます。

答え:圧力を高く、温度を低くすると収率は上がるが、温度を下げすぎると反応速度が低下し実用にならないため、触媒を使いつつ高圧・中程度の温度で操業する。

例題2(標準)

問題

オストワルト法による硝酸の製法について、3段階の反応式を書き、窒素原子の酸化数がどのように変化するかをまとめよ。

解答・解説を見る

$\ce{4NH3 + 5O2 -> 4NO + 6H2O}$

$\ce{2NO + O2 -> 2NO2}$

$\ce{3NO2 + H2O -> 2HNO3 + NO}$

窒素原子の酸化数は、アンモニアの $-3$ から、一酸化窒素の $+2$、二酸化窒素の $+4$、そして硝酸の $+5$ へと、段階的に酸化されていきます。

答え:NH3(-3) → NO(+2) → NO2(+4) → HNO3(+5)と段階的に酸化数が上昇する。

例題3(応用)

問題

鉄は希硝酸には溶けて水素以外の気体を発生するが、常温の濃硝酸にはほとんど溶けない。この理由を、「不動態」という語を用いて説明せよ。

解答・解説を見る

鉄は常温の濃硝酸と接触すると、表面がただちに酸化されて、緻密でごく薄い酸化被膜(不動態)を形成します。この被膜が金属内部を覆って保護するため、それ以上濃硝酸が内部の鉄と反応できなくなり、見かけ上「溶けない」状態になります。希硝酸ではこのような緻密な被膜が形成されないため、鉄はイオン化傾向に従って溶解し、硝酸の酸化力によって水素ではなく一酸化窒素を発生します。

答え:濃硝酸中で鉄の表面に緻密な酸化被膜(不動態)が生じ、内部が保護されて反応が進まなくなるため。

練習問題

問題

次の(1)〜(3)に答えよ。

(1) 実験室でアンモニアを発生させる反応の化学反応式を書け。

(2) アンモニアの捕集方法として上方置換が用いられる理由を2つの性質から説明せよ。

(3) 黄リンと赤リンのうち、水中に保存する必要があるのはどちらか、理由とともに答えよ。

答え

(1) $\ce{2NH4Cl + Ca(OH)2 -> CaCl2 + 2NH3 + 2H2O}$

(2) アンモニアは水に非常に溶けやすいため水上置換は使えず、空気より軽いため下方置換も使えないため、上方置換を用いる。

(3) 黄リン。空気中で自然発火する性質があり、危険なため水中に保存する。